2020年12月10日、欧州委員会はヨーロッパでのバッテリーの製造、使用、リサイクルを設定するための新しい規制の提案を正式に発表しました。RtoS研究会は、この全文を和訳し、そのサマリーを作成した上で、内容についての解釈と提言を行っています。
全文和訳はページ下部のエントリーフォームから入手可能です。
従来のバッテリー指令(2006/66 / EC)の目的が、バッテリーの環境への影響を改善することで、水銀、カドミウム、鉛などいくつかの有害物質を禁止または制限し、廃バッテリーの収集とリサイクルに最低限の基準と目標を示しました。指令が出された2006年時点のバッテリーの主流は、一般的な家庭用バッテリー(乾電池など)、小型の充電式バッテリー、鉛蓄電池(自動車のスターター)であったため、指令はそれらに向けて決められたものでした。歴史的に見ても、この時期はRoHS指令やWEEE指令が出された時期であり、有害物質管理を主体とした決まりでありました。
しかしながら、リチウムイオン電池などの出現により、バッテリーは、自動車、バス、スクーター、自転車、および多くのワイヤレス機器・可搬小型機器に電力を供給するものになりました。同時に、脱炭素を目指すうえで再生可能エネルギーをさらに普及を目指す全世界にとって不可欠なものとなり、管理の方針は大きく変わることになりました。新たな規則が目指す目的は、グリーンディールと循環経済の発展の両方におかれ、かつEU市場を大きく意識したものとなりました。この流れは、2015年末にサーキュラー・エコノミー(CE)を提唱した時から、ある意味当然の流れだったのかもしれません。
循環経済を考えた場合に、今後の進展で最も重要なリチウムイオン電池について、EU諸国は今まで世界的に劣後でした。生産拠点はアジアが中心で、日本と韓国がリードしていました。しかし、昨今中国が、国内の旺盛なバッテリー需要72GWh、および世界の原材料精製80%を担い、世界の77%のセル容量を製造するということで、あっという間にトップになっています(※脚注 )。このレポートでも、ヨーロッパが原材料のバリューチェーンをより多く獲得するためのイニシアティブを開始していると述べていますが、この規則案はもはやEU巻き返しの重要手段の一つとも考えられます。
※脚注1 “China Dominates the Lithium-ion Battery Supply Chain, but Europe is on the Rise”
https://about.bnef.com/blog/china-dominates-the-lithium-ion-battery-supply-chain-but-europe-is-on-the-rise/
ただし、提案された規則における下流側(廃バッテリーの扱い)の運営方法としては、各所に EUがこれまで取り組んできた政策が活かされていると共に整合性が取られています。廃棄物(Waste,Landfill)での廃棄物としてのヒエラルキーを守り、電子電気廃棄物(WEEE, RoHS)などで行われている有害物質管理や収集と処理を踏襲しています。すなわち、拡大生産者責任(EPR)のもとで、生産者は、収集された廃棄可搬型電池が確実に処理、リサイクルされるよう、上記収集地点から廃棄電池を収集、輸送するうえで必要な仕組みを用意する義務があります。ただし、個人が収集システムに持ち込むことや、自治体が収集箇所を設けることなど、責任や費用の総てが生産者に課せられている訳ではありません。また、世界市場の公平性を推進すべく、全体を監視する監視システムや情報の集約が第三者的になされていくところは、まさにEU的なやり方と言えます。
提案された規則は、EUで製造またはEUへ輸入されたバッテリーに厳しい条件を課しています。原材料と物質のサプライチェーンに透明性を付与するために、DD(Due diligence)のスキームを設定する必要が出てきました。また、カーボンフットプリントの報告が要求され、新しいバッテリーには、規定割合のリサイクル原材料を使用する事が必須となります。この方策により、原材料調達から製造販売、廃棄物処理にもESG(環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance))の観点が入り、現在、リチウムイオン電池製造量において世界のトップを走る中国に対しても影響力を行使できるようになると考えられます。今後はRoHS指令などの時と同じ展開が予想されます。当時、EUという巨大市場を失わないために世界の企業(特に日本など)が全力で規制をクリアする部材や製品を作りました。また、有害物質に関するサプライチェーンマネジメントも確立されました。EUの努力よりも日本企業の技術力などによるところが遙かに大きかったというのが一般的な認識です。
RoHS指令は有害物にフォーカスされていましたが、今回の規則案ではバッテリーのライフサイクル全体を規制するために、いくつかの革新的な事項が計画されています。具体的にバッテリーは設計段階から、バッテリーの二次使用や原材料のリサイクルを意識して生産・流通されることを目指していています。そのために、バッテリーを再利用できる市場を大きく作ることを目指していますが、従来、中古市場は輸出入法令との関係や安全性を考慮した性能の確認面で難しい領域でした。今回は、具体的にSecond Lifeの市場でも、しっかりと利用できるように元の生産者およびオペレーターの責任を明確にするという難題にも着手しています。
これを行うツールとして新たに登場するのが「電子パスポート」です。一部の大型バッテリーには、バッテリーに関する関連情報を詳細に記載した「電子パスポート」を取得して、安全かつ効率的に再利用またはリサイクルできるようにすることを目指しています。バッテリーのステータス(廃棄物/廃棄物ではない/再利用、EPR責任)に関する情報がバッテリーパスポートで利用できるように、既に生産者の責任団体側から規制の修正を要求するなどの動きもあるようです。
もう一つのツールが、ポータブルバッテリーの設計要件が導入されるQRコード貼り付けの強制です。案文にあるように電池の性能や健全性の情報の他に、有害物含有の有無や廃棄時の条件、安全リスクの情報が含まれる可能性もあります。
次は収集です。例えば規則では、ポータブルバッテリーの収集目標として、「現在の市場の45%」から「2030年までに70%」という非常に野心的な数字を目指しています。EUではWEEE指令、ELV指令、BAT指令を国ごとに同じ団体が管理・運用している事も多く、WEEEと密接な関係があるポータブルバッテリーの収集には、既に多くの収集ポイントや集約システムをもつ国もあります。それでも70%の達成は容易ではないと考えられています。規則で原材料に二次原料の最低使用量を明確にしたことで、確実な廃バッテリーの収集を目指す事が必要になってきます。そもそも、我が国と同様に原材料に乏しいEUにおいて、リサイクル原料を使っていくことを世界標準に近いものとして中国等の寡占化を防止していくことは、もちろんカーボンフットプリントの側面からも非常に重大です。脱炭素化のキーとなる技術である電池についてリーダーシップの覇権を巻き返すための手段とも言えるでしょう。
ポータブルの電池が各所で火災を起こすことが近年よく報告されていますが、いわゆるWEEEのリサイクラーや、自治体のゴミに混入してしまうバッテリーが悩ましい事は言うまでもありません。70%の達成を目指すと、今までは単に処理されてしまっていたこれらの施設でも大きな努力が必要になります。例えば、WEEE指令に記載があるため現在も分離は行われていますが、安全性の観点や医療用など一部の例外を除き、個別に収集されたWEEEからは、すべてのバッテリーを取り外す努力が必要となるでしょう。
集めたものの処理においては、この規則案を見るまでもなく、当初から、埋め立てや(単純)焼却は基本的にできない事になっています。リサイクルについても、今後は一部の成分を取り出すと言ったタイプの処理では場合により許容されず、新たなバッテリーを作るための原材料を供給できるような方法を目指す必要があります。
2027年1月1日から、活物質中にコバルト、鉛、リチウムまたはニッケルを含み容量が2kWhを超える電力貯蔵用の産業用電池、電気自動車用電池、自動車用電池には、電池のモデルごと、製造工場ごと、ロットごとに、活物質中に存在する廃棄物から回収されたコバルト、鉛、リチウムまたはニッケルの量に関する情報が記載された技術文書を添付しなければならないことから開始されます。その後、2030年1月1日から、電池のモデルごと、製造工場ごと、ロットごとに、活物質中に存在する廃棄物から回収されたコバルト、鉛、リチウムまたはニッケルについて、(a)コバルト12%、(b)鉛85%、(c)リチウム4%、(d)ニッケル4%の各最小割合を含むことを証明する技術文書を添付しなければならなくなることは非常に大きなインパクトであり、さらにこれは2035年1月1日から、(a)コバルト20%、(b)鉛85%、(c)リチウム10%、(d)ニッケル12%へと引き上げられることになります。
日本をはじめとするEU以外の製造メーカーからみると、これはWEEE指令が始まった時の状況と似たものとなっていると考えられます。既にWEEEに関する経験はあるので、当時のように混乱しないにしろ、収集システム(特にポータブルのバッテリー)が既に充実しているエリア以外では、EU内に於いて全体システムを作り込んでいくことに関与する必要もあるかもしれません。
おそらく、この規則案が効力を発する以前に世界のバッテリー関連産業はこのEU規則に則ったやり方に対応しようとすることは、RoHS指令の際の過去の事例からも明らかです。ただし、今回は、EUに上市する新たな電池の製造に対して、廃棄物から回収された活物質を使用しなければいけないという項目が入っていることで、収集システムやリサイクルの方法に関して、他国の決まり、日本は関係ないと考えることはできなくなりました。仮に自国での収集をおろそかにしてしまえば、二次原料の不足で自国での電池生産が阻害されることが想定されます。また、二次原料確保のために、廃電池を輸入する、あるいは二次原料金属を輸入することができるかというと、どちらも困難であると考えます。
また、このようなトレーサビリティーに対して、公平性を担保するため、第三者機関が間に入る必要があると言うことも、日本は本格的に構築努力が必要と思われます。我が国の場合、法律で制御されるため、罰則か否かという判断の中で、こういった含有量の表示などは自己申告とも言える形式で行われることも多く、第三者機関の関与には必ずしも慣れていない場合もあります。自動車や電化製品などのグローバルに展開する大手メーカーだけでなく、収集については市町村単位でも関係してくる可能性もあります。
日本におけるバッテリーの収集に関しては、電池工業会(廃棄物処理法)、JBRC(資源有効利用促進法)で、一次電池と二次電池が別々の組織で収集されています。また、小型のバッテリーは、小型家電リサイクル法の枠内の収集や一般廃棄物への混入も存在しています。これらの小型バッテリーの収集ルートは大きく改善する必要があると思われます。
一方で、自動車や据え置き型の大型バッテリーは、非常に長期にわたって使用されることや、中古車として海外に輸出され二次使用されることも考えられます。その流れも考慮したマテリアル・フローを考えなければ電極活物質の回収は困難となるものと考えます。
リサイクルの技術も我が国では課題が多い状況にあります。回収された電池は、前述の各セクターが集めたものをそれぞれの提携する工場に送り処理することになりますが、基本的には遵法下で、経済原則を考慮した処理法選択で行われていきます。すなわち、金属などの回収実施、金属などの成分調整による別用途への有効利用、焼却や埋め立てなどの廃棄物処理、などが混在しています。今後、規則に書かれているような制限が本格的に実施された場合は、従来のような成分調整剤として他用途へ有効利用することを主としたリサイクルではなく、電池の活物質の回収やその利用に重点を移す必要が出てくるものと考えます。
資源を取り扱う際の課題は「一定の質」と「一定の量」であることは、このRtoS研究会の考え方の基本です。一次資源のようにまとまった量が存在しない二次資源はいかにして集約するかが大きなポイントとなります。
EUが、加盟国全部において、総てのバッテリーに対して同一スキームで同一目標を決めて回収を図るのに比較して、日本では、法律に基づいた責任セクター(多くは製造者と販売者で登録されたもの)が自主的に行っている場合や、個々のメーカーがその責任範囲で行っている状態であり、複数の団体が別々に行っていることが多く、量の確保は難しい状況です。量が増えれば回収側の技術開発や設備投資は活発化するはずですが、このような根本的な社会状況と、お願いにだけによる不安定な集荷予想では、踏み込んだ対応が進むとは思えません。一般的に知られているように、EUでは、Horizon2020といった研究開発予算により、この分野にも積極的に開発を促していました。EU全土で行うことから、予算の規模が莫大であること以上に、何よりEU全体で行うことで、方向性が明確になることで、企業も安心して大胆な設備投資などが行えることは大きな違いと言えます。
このように、バッテリーに関するこの一連の動きは、EUが目指してきたCEの具象化であるといえます。この動きは、実はバッテリー以外の他の製品、他の分野でもゆっくりと波及してきており、製品への二次材料使用の義務化、リユースの推進、製品パスポートなどのバリューマネジメントの導入といったことはスタンダードになっていくでしょう。今後、バッテリーの関係者はこのEU市場の大激変を知って、対応に動き出すと考えられますが、日本としての明確な方針がない中では、自社優先の対応となる懸念は大いにあると思います。その方向で個々のセクターが動き出した場合、力は分散され結局は大きな力に従うことしかなくなる可能性もあります。今のタイミングは、本気で国全体の仕組みの再構築を図るラストチャンスではないでしょうか。現在のような各個人や各企業等の取り組みに任せる3Rではなく、バリューチェーン全体を見据え、廃棄物処理に関する規制緩和の検討や、住民・自治体も含んで業界を横断するコンセンサス構築やガバナンス構築に向けて真剣に取り組まなければ、ガバナンスから社会システムを作ってくるEUのやり方に勝てず、世界の時流に完全に取り残されてしまうでしょう。
RtoS研究会では、この問題を継続的に議論していこうと考えています。
(文責:RtoS研究会事務局)
下記文書の和訳を行いました。
「電池および廃棄電池に関する欧州議会およびEU理事会の規則について、指令2006/66/ECの廃止および規則(EU)2019/1020の改正に関する提案(翻訳版)」
Proposal for a REGULATION OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL concerning batteries and waste batteries, repealing Directive 2006/66/EC and amending Regulation (EU) No 2019/1020
翻訳版(PDF形式)を入手希望の方は、こちらのエントリーフォームからお申し込みください。